おれにゴタクを並べさせる世の中は間違っている

いつ死ぬかわからないので過去に書いたモロモロの文章をまとめてみました。

●映画『ちはやふる』(2018年4月16日)

日本映画専門チャンネルで『ちはやふる』の一挙放送があったので改めて見た。前々からおれの周りにも薦めているんだけれど、これは「スポーツ映画」あるいは「ジャンル映画」の傑作に入ると思う。

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まず、広瀬すずという傑物の魅力。それは美貌ということではなく、フィジカルな表現力が異常に長けているという意味。彼女が可愛いなんてのは当然なんだが、彼女、カルタを取る時のアクション、喜怒哀楽を表現する時の仕草、声の出し方…とにかく「アクション」が凄いと思う。

「下の句」でも当代随一の達者な女優である松岡茉優が見事にライバルを演じていたけれど、彼女の見事さも認めた上でいうけれど、広瀬すずの「アクションスター」ぶりには敵わない。ホント、深作欣二に見せてやりたい。女優で「アクションスター」といえばJAC志穂美悦子だけれども、広瀬すずに『二代目はクリスチャン』のリメイクなどやらせたらすごくいいんじゃないかと思う。あの喜怒哀楽、全身を使った表現力であの最後の道行からの出入りシーンを観てみたい。

さて、スポーツもの、ジャンルものというのは物語というものの定番で、何かの競技や世界がモチーフになっているのは物語のまさに王道。「スポ根マンガ」なんていう分類もあるくらいなもんで、何かの競技世界を描いたものというのは人気がある。

何で人気があるかというと、「勝利」というカタルシスがあるのと同時に、案外気づかれてないのは「逆境」というものの前でも競技(のルール)が公平に横たわっているからで、親父が死んだ、地震で家が流された、戦争で…貧乏で…という「逆境」があったとしても、競技のルールは変更できない。それでも戦い、勝利する。それが感動を呼ぶ。「最愛の家族の死を乗り越えて勝利しました」とかね。

たとえば『ロッキー』なんかはその代表だし最高傑作なんだが、おれに言わせれば、『ロッキー』はボクシング映画ではないのです。あれは「人生、やるかやらないかの分かれ道で、やる、という方を選んだ勇気ある人々の物語」(荻昌弘先生の歴史的名解説)であって、ボクシング映画ではない。ボクシングがどうこうなんてことじゃないのです。あれは、「力が湧いてくる」映画なのです。『カリフォルニア・ドールズ』もそう。プロレスがどうこうじゃなく、「胸を打つ」としか言いようがない映画。で、『ちはやふる』という作品が『ロッキー』型の感動作と違い、一流のスポーツ映画でありジャンル作品である理由は何かというと、「百人一首」(競技かるた)という競技でなければ成立しない感動や驚きや息遣いがあることなのです。

そもそも百人一首というのは、「誰かに応える」ゲーム。誰かの言葉に反応するゲーム。そして、百人一首に読まれている歌の多くは恋の歌で、「応えることはないかもしれない」恋い焦がれる思いが詠まれたものだ。モチーフになっている在原業平の歌がまさにそれだ。誰かの「思い」を、誰かに「受け取ってほしい」という。極論にして牽強付会かもしれないが、それを「供養」するかのようにしてゲーム化したのが百人一首であり競技かるたなのかもしれないと、ふと思ったのです。

 

この作品では競技かるたの「チーム戦」をメインに描いていて、「手を差し伸べあうゲーム」としての競技かるたのモチーフを「手」を移す映像を多用して上手く使っていてアツいんだけれど、「下の句」では個人戦の勝利を至上とする孤独な天才・松岡茉優扮するライバルとの対決になっていく。

「おまえらのやってることは友達作りちゃうんかい?」と。でも、最終的に「ライバル」という関係の中で「思いを受け取る」ことが達成される。団体戦だろうと個人戦だろうと、「思い」が通じる相手がいることの素晴らしさをたたえている。見事じゃありませんか。ちゃんと「百人一首」「競技かるた」の特質を活かして、「競技かるた」ならではのスポーツ映画になってる。『ロッキー』型の感動作ではなく、この競技でないと成り立たない感動がちゃんとある。

こういう「ジャンルもの」は本当に素晴らしいし、日本列島の精神風土では少ないのですよ…ただ泣ければいい、感動できればいい、っていう「ストロングゼロ映画」が多いんだよなあ(最近減った)。

そして最後に。『打姫オバカミーコ』についての長嶋有の批評の中にあった、「マンガは人を啓蒙する」という点。『オバカミーコ』は「麻雀がやりたくなる」わけだが、この映画のおかげで、百人一首や古典文学に興味を持った教え子が多発してるのです。マジメな話で申し訳ないが、国文科出身の国語教育者として、これは本当に素晴らしいことだと思っている。ありがとう広瀬すず。ありがとう松岡茉優。ありがとう在原業平

ということでね、なんだかとっちからってしまったけれど、『ちはやふる』シリーズ、オススメです。この映画を観て競技麻雀に目覚めたおれは、来週からGPC東京リーグに参戦します。「青春を賭けるほどじゃない?…賭けてから言いなさい…」(2018年4月16日) 

 
【2020年6月の追記】「結び」もなかなかよかった。