おれにゴタクを並べさせる世の中は間違っている

いつ死ぬかわからないので過去に書いたモロモロの文章をまとめてみました。

●文科系のためのKEIRIN入門【応用編】 「選手コメント読解の基本」(2013年9月16日)

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今回は、基礎知識を身につけていただいた前提で、最初に書いた「競輪新聞という読み物」というところに戻ります。

そもそもこの「連載」も「競輪は言葉の持つ力が重いゲームという点で、本や映画を愛する文科系こそ楽しめるハズ」ということからはじめたものです。そして、あのカッコいいCMを例にして説明した、競輪というゲームの最も異様な文化、「選手コメント」を実際読んでみたいと思います。


選手コメントとは「このレースはこうやって戦うよ」という宣言でした。ラインの構成だけでなく、言葉の端々から漂う「意志」を読みとることができるのです。なかなか難しいかもしれませんが、やってみましょう。


このコメントは、まさに明けて16日に行われるオールスター競輪勝戦のものです。年末のグランプリ出場がかかったこのレースに、選手たちはどのような「言葉」を発したか。その言葉だけで「展開」と予想までしてしまおうということです。

 

①成田和也(福島)34 追込 
「状態は良いですね。新田君の更なるレベルアップを感じます。まずは付けきってから」
②藤木裕(京都)29 逃げ
「オリオン賞が全くダメで、気持ちを切り替えて先行した結果が出た。V狙って自力勝負」
③金子貴志(愛知)38 逃げ
「レースの流れも見えているし、状態は良いですね。吉田君が頑張ってくれるし任せる」
後閑信一(東京)43 自在
「池田君、平原君のおかげに尽きますよ。悔いの残らないように前々から自力で頑張る」
村上博幸(京都)34 追込
「今開催はかなり仕上がりよく入れました。久しぶりのG1決勝かな。藤木君にマーク」
⑥勝瀬卓也(神奈川)36 追込
「車は踏んだ分だけ伸びているし、悪くないですね。連携実績ある地元の後閑さん目標」
⑦稲川翔(大阪)28 自在
「前々から踏んで自分らしいレースが出来ていますよ。京都追走からVを狙って」
⑧吉田敏洋(愛知)33 逃げ
「準決勝は深谷君の頑張りにつきますね。金子さんの前で自分の持ち味を出せるように」
新田祐大(福島)27 逃げ
「とっさの判断で藤木さんの番手で粘った。自力で成田さんと決められるように頑張る」

 

<ライン>  ⑧③ ④⑥ ⑨① ②⑤⑦

 

 

ラインについては言葉の解釈を必要とするまでもなく、地域を見れば大体決まります。

 

⑧③の中部 愛知同県ライン
②①の福島 同県ライン
②⑤⑦の近畿 京都+大阪ライン(そして②⑤は師匠が同じ)
④⑥の関東 東京+神奈川ライン

 

となります。しかしながら、よーく読んでいくと、ラインの絆に多少の濃淡があるのです。
さあ、一緒に国語の読解問題を解いてみましょう。

 

①成田和也のコメント

状態は良いですね。新田君の更なるレベルアップを感じます。まずは付けきってから

 

注目すべきは最後の文。「まずは付けきってから」です。
このレースは名誉と年末のグランプリ出場権をかけたビッグタイトルです。誰だって勝ちたいタイトルです。なのに、この軽い感じは何でしょう?
実はこの選手、もうGP出場を決めているのです。6月の岸和田の高松宮記念杯で優勝しているからです。つまり、そこまでの勝ちにこだわらなくてもいい立場、からの発言なのです。

が、筆者の見解を申し上げますと、ハッキリ「新田を勝たせる。優勝は狙わない」と思ってます。
その理由は…

理由① 高松宮記念杯の時は前を走る新田がひっぱってくれて優勝できた、という恩義があること。
理由② 年末のGPに前を走る⑨新田が出場を決めれば、GPで自分の前を走る選手ができること。

の2点です。この理由から、成田は「ぼやかした」と見るべきです。もし福島ラインから買うなら、成田が新田を最後に抜いての1着(差し目)は、筆者はあまり買いません。成田は競輪道に篤い、安定感のある大好きな選手ですが、ここでリアルに振舞わない理由はないと思います。まあ筆者が狡猾なだけかもしれませんが。

 

②藤木裕のコメント

「オリオン賞が全くダメで、気持ちを切り替えて先行した結果が出たV狙って自力勝負」

 

はいポイントは2点です。「気持ちを切り替えて先行した結果が出た」という表現と、「V狙って」という直接的な表現出ました。
「先行した結果が出た」これは当然「先行することを意志として持っている」ことの表れです。その証拠に、彼がひっぱる近畿ラインは3車で先行の条件「ラインが長い」に当てはまります。前半で前走に捲りで失敗したことを挙げていることからも、このラインが先行する可能性は高いです。「V狙って」はまさに文字通りです。相当な気合で駆けることでしょう。能力が伴うか…は置いておいて…。

 

後閑信一のコメント。

「池田君、平原君のおかげに尽きますよ。悔いの残らないように前々から自力で頑張る

 

後閑はおれの大好きな選手で、見かけはヤクザそのものの地元のボスであり大ベテランであり娘の名前はユリアで『北斗の拳』から名付けたというアイドル性の高い選手です。43歳の最近になって番手を避け「もう一度自力でやる」と宣言し、オッサンの星として注目を浴びています。前半の部分はまさにその状況を言っていると言えます。ですからここでは置いておきます。ポイントは後半、「前々から自力で頑張る」です。

細かくなりますが、「自力で頑張る」は当然、ラインの前ということですが、その前に「前々から」と言っています。この一言があるだけで、あることが予想されます。

「前々から」とは「前の方で」なのですが、43歳がまさか「先行」はありえません。
ただ「悔いの残らないように」という言葉が「地元京王閣の大レースの決勝で華々しいことがしたい」という意味にも取れます。それはそれでロマンですが、プロです。後ろは絆の深い埼玉でなく神奈川です(これは次に書きます)。ガキじゃあるまいしそんなことは考えないでしょう。だったら「先行で」くらい言った方が世間はどよめきます。

じゃあ「前々で」とは?これは「なるべく前の方にいるように心がけて、最後になんとかしたい」という意味です。具体的にはどういうことかというと「先に加速したラインの後ろにくっついて走りたい」です。

つまり、③藤木の先行が予想されますので、その後ろにくっついていって、タイミングを見て捲りを打つ、これが多分④後閑の理想です。そこにはもう一つ理由がありますが、あとで。

 

村上博幸のコメント

「今開催はかなり仕上がりよく入れました。久しぶりのG1決勝かな。藤木君にマーク

 

ポイントは「藤木君にマーク」です。「マーク」とは逃げ選手の後ろに徹底的にくっついていくことをさす言葉で、番手の仕事をこなして差すことなく2着になると「マーク」という決まり手が記録されます。1着選手にも決まり手には「逃げ」「捲り」「差し」があり、「マーク」は2着の決まり手です。
とはいえ、1着を狙ってないというわけではないと思います。「マーク」という番手選手にしかつかない決まり手用語を使うということは、二人は同じ師匠で同じ京都ですから、「おれは藤木の後ろを離れないし、番手の仕事を一生懸命やるよ」という絆のあらわれです。え?それは妄想じゃねえの?と思うかもしれませんね…そこで次の選手のコメントを見てみましょう。

 

⑥勝瀬卓也のコメント

「車は踏んだ分だけ伸びているし、悪くないですね。連携実績ある地元の後閑さん目標

 

勝瀬は立場的には「後閑の番手」です。つまり、さっきの「藤木君にマーク」の⑤村上と同じ立場です。しかしながら、「後閑さん目標」と言ってます。「マーク」とは言ってません。「目標」です。

このニュアンスの違い、お解りでしょうか?「マーク」は徹底的にくっついていくイメージなのに対し、「目標」はどこか距離があるとは思いませんか?

はい、そうなのです。この二人にはあまり絆はないのです。後閑が「前々で」と言った理由もこの辺にあります。二人の距離はどのくらいなのでしょう?とさながら恋愛のようですが(これを期に「マーク」とかが恋バナなどで使われる世界を夢想します)。

ラインは地域で決まるとご説明申しあげましたが、関東は特殊なのです。そもそも、「関東で結束」の場合の関東とは、東京・埼玉・茨城・栃木・群馬・新潟、を指します。では、神奈川、千葉は?というと、実は関東とは別地区の扱いで「南関東(ナンカン)ライン」となるのです。神奈川と千葉と静岡がこれになります。

なぜこうなったかは管轄官庁の経済産業省の管区の問題らしいのですが、東京の後閑と神奈川の勝瀬は、実は別の地区に属する選手なのですね。世間一般では東京神奈川は近接するイメージがありますが、競輪の世界では多摩川大橋は架かってないのです。東京埼玉では「埼京ライン」でほぼ同県の扱いなので、笹目橋も戸田橋も荒川大橋も架かってますが。

つまりこのコメントからわかることは、⑥勝瀬にとって④後閑は他地区の選手になるので「マーク」と言うほどの義理はない、ということです。ゆえに勝瀬は、他のラインの加速が良ければ、後閑を捨てて他のラインに飛びつく可能性がかなりあります。このニュアンスを、競輪新聞の記者は「目標」の一言でまとめるわけです。

 

⑦稲川翔のコメント

「前々から踏んで自分らしいレースが出来ていますよ。京都追走からVを狙って

 

これもまた味わい深いコメントです。後半を見てください。「京都追走からVを狙って」。
彼は近畿ラインの三番手ですから、あまり有利な位置ではありません。しかし、「Vを狙って」いることを宣言しています。これは果たして単なるビッグマウスでしょうか?

ポイントはその前の表現、「京都追走から」です。


結論から言うと、彼は勝つために裏切る可能性があります。

まず、同じ近畿ラインの仲間でありながら、まえの二人を「京都」とひとくくりにしている。これは「自分は大阪である」という事実を確認すると同時に、前の二人は自分とは違う、というニュアンスを孕みます。
もし、彼が近畿ラインにこだわって義理を重んじるならば「近畿ラインの三番手から」という風に、ライン全体の属性を明確にした言い方をするハズです。

もう一つの理由は彼は「自在」選手であり、本来なら前を走ってもおかしくない脚があるのです。格と地域の関係から三番手になったことについて、多分完全に納得はいっていないのでしょう。だから、彼の頭の中では「京都2車ラインに、自在で単騎戦の自分がくっついている」意識があるのです。大仰なことを言えば、義理で「ライン」を形成したが、本当は単騎戦を狙っていたような気がします。
このラインは先行する可能性が高いですが、もしも福島の新田が猛スピードで飛びだしたら彼はどうするかわかりませんし、三番手捲りもあるかもしれません。ちょっと気になる選手です。

 

⑧吉田敏洋のコメント

「準決勝は深谷君の頑張りにつきますね。金子さんの前で自分の持ち味を出せるように

 

彼は力のある逃げ選手ですが、同県に深谷という若手スーパースターと、今回番手に回った金子というどちらも同じ逃げの力のある先輩に挟まれた形の選手です。G1の決勝に乗ること自体がなかなか健闘…と言っちゃナンですが、競争得点(勝つと付与されるポイント)も下から2番目で、ハッキリ言えば若干のロートル感は否めません。で、ポイントは「金子さんの前で自分の持ち味を出せるように」です。

実は、前半で言及しているように、彼が決勝に乗れたのは、天才深谷の番手を回れたからなのです。で、この深谷の師匠が、今回の番手の金子なのです。つまり、準決勝は弟子に勝たせてもらった。だから決勝は師匠の「金子さんの前で」となるのです。これが何で味わい深いかというと、金子という選手も逃げの選手で、本来なら前でもいいのです。でも、吉田が回る。つまり、逃げの後ろに逃げの選手が入るわけで、後ろの金子はただでさえ高い脚力を温存して最後に戦うことができる。これは相当に強いです。

じゃあ、「持ち味を出せるように」とは?
ズバリ、「先行まで意識しての逃げ」です。彼は先行数13回で、⑨のスピードスター新田と同じなのです。今回先行しそうな②藤木が10回ですから、戦うステージに若干の差はあれど、先行意識が高い選手なのです。そこに師弟への義理が加われば、先行条件「後ろの選手を勝たせたい」にあてはまります。その証拠に「持ち味をだす」と言っているだけで、「勝つ」ことを全く言ってませんよね?つまり、彼は「先行」する意志があります。

 

さて、③金子と⑨新田ですが、この二人のコメントについてはわかりやすいので特にありません。
ただ、⑨新田は「インタビューが異常に長い選手」で、なおかつ言語感覚がワケわからなくて、実に「ほつれ」を感じさせる選手として競輪ファンの笑いを誘う選手として有名です。ちょっとリンクが探せませんでしたが、本当に「何言ってるのかわからない」選手なので、機会があればご紹介します。

いかがでしょうか。まるで映画や文学の、大きく言えば聖書の言葉を読み解くようでしょう?
これらのコメントはすべて、競輪新聞という空間に載っているのです。それだけではなく、選手の勤務評定、ギアの倍数から誕生日まで載ってるという…500円でありながら、とんでもない読みものなのです。

 

あ、肝心なことを忘れてました。予想です。
②藤木の近畿ラインが先行、タイミング良く⑧吉田も先行で先行争い。④後閑が近畿追走で、後ろから満を持しての⑨新田が捲り。番手成田が新田を残しながら走り、④後閑と近畿三番手⑦稲川、番手から抜け出す③金子がゴール前で…

 

新田G1制覇!の ⑨-①③④-①③④⑦ と、
地元で魅せてくれ!の④後閑からの夢車券、④‐①③⑦⑨。

 

で、どうでしょうか。

長くなりましたが、祝日で台風も来てることだし、ヒマつぶしくらいにはなったかと思います。
やはり世界は、言葉でできているのです。