おれにゴタクを並べさせる世の中は間違っている

いつ死ぬかわからないので過去に書いたモロモロの文章をまとめてみました。

●今夜もどこかで『スナック幸』はやっている(2017年4月9日)

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おれの上司でありタッグパートナーのKさんは梶原信者でありプロレス者なので、いろいろ不平不満はあれど根本の部分で信用しているのだが(そうでなかったらとっくに辞めてらあ)、彼に「この休みに泪橋に行ってきましたよ」って話をしながら写真を見せたら、サチの立て看の写真で止めて、「サチ、いいよなあ…」と遠い目をし出して、「ああやっぱり信用できるな…」と思った。

「陽子、紀子、サチの三人の中で、ジョーのことを本当に愛しているのは誰か?」というこの問題は、おれとトモヤがかれこれ20年、それこそ『トレインスポッティング』の第1作が劇場公開されてる頃からずーーーーーーーっと、性懲りも無く語っている哲学的大命題なのだが(おれが話を振っているだけだが)、おれらのような文科系的内向性のない中畑清みたいなKさんも「それは、やっぱりサチだと思うなあ」と即答した。

葉子はボクサーとしてのジョーを愛した。紀子は人間としてのジョーを愛した。この結論を得た段階で「紀子最高じゃねえかバッキャロー!」と葉子を愛するトモヤにゴロをまいたのは20台後半であったが、その後の虚空遍歴を経て、「紀子?はぁ?バカやろう、サチに決まってんだろ!」と思ったのは30台になって、ガキどもの相手をするようになってからであります。そして、『トレインスポッティング2』が公開される2017年現在、この結論が揺らぐことはもうないだろう。酒の量にもよるがw

サチがオデンを万引きしたところで鬼姫会に小突き回されているところをジョーに助けられることから『あしたのジョー』は始まる。この段階で、サチというのがいかにこの物語にとって大事な存在かがわかるというものだが、あの頃の僕らといったら、そういうことに気づかずに、凛とした自立した女との「新しい関係」に憧れたり、柔和な女に癒されたりしていたのだと。

そうじゃねえんだよな。サチにとっての「男」とはどういうものだったか。愛する父ちゃんは中風で寝たきり、街を歩けばロクでもない不良ばかり。サチにとって男とは、「優しいけど弱い」ものか、「強いけど怖い」のどちらかでしかなかった。

そんな荒野の中で、サチにとってジョーは「優しくて強い」初めての男だったんだ、と気づいてから、この物語が俄然色鮮やかに見えてきたという話なのです。それにしても梶原一騎、男性社会の権化のような作家のようでいて、実は女性というものを非常に尊重する作家なのだよな。

「優しくて強い」男、ジョーに出会ったサチの喜びはいかばかりだっただろうか、と思う。これだけで人生を乗り切れるほどの喜びだったんじゃなかろうか。あの絶望しかないドヤ街に、優しくて強い男がやってきたことが、サチにとっていかに希望となったか。そしてその希望が、ドヤ街の連中に伝播していくそのサマはまるで新約聖書のようだ…この辺の小難しい考察はまた別に。ともあれ、「希望」なんて言葉はおいそれと使うことが難しい言葉ではあるけれど、サチにとってのジョーは、本当に「希望」だったんだろうと思う。

ただ、それだけで終わらないのがこの作品のものすごいところであります。

ジョーがハリマオ戦で「野生のカン」を取り戻した後、世界戦に向けてトレーニングを続けている時、サチが記者に向かってポツリと言うセリフ。

「でも…最近のジョー兄ぃ…ちょっと、怖いや…」

原作だと、このセリフのあとサチはでてこない。サチにとって「強いけど優しい」男だったジョーが、やはり、「強いけど怖い」男になってしまったんだよね…もうね…思い出しただけで泣くっつんだよバカやろう…。このサチの決別のセリフに比べたら、葉子の「矢吹くん、好きなの!」だの、紀子の「あたし…ついていけそうにない…」なんてセリフはヌルいってもんです。

葉子は「ボクサー」として、紀子は「人間」としてジョーを見ていた。でも、性的な意味とは別に(言わなくてよい)、「男」としてジョーを見ていたのはサチだとおれは思うんだ。「愛」の担当は葉子だし、「情」は紀子なのかもしれない。でも「恋」はサチなんだよな。

おれのようなロクデナシ男が何を書いたとて唇寒しって話かもしれないけれど、恋とはある意味で「希望」そのものであって、別に男女の話でなく、音楽に恋して映画に恋してカメラに恋して競輪に恋したっていい。それが何がしかの「希望」であれば、それでいい。

絶望の中にあっても、それさえあれば生きていけるようなもの、それにしかすがることができないようなもの、それがサチにとってのジョーだった。そう考えると、『あしたのジョー』はジョーとサチと、そして段平の「希望」の物語なのだとおれは思うのです。

 

だからおれは繰り返す。

サチが経営するスナックが南千住のどこかに必ずあると。

もしかするとそれはサイゼリヤかもしれないし、魚民かもしれない。でも、この世は星の数ほどのサチと、そこに集うドヤ街のチビ連でできているのだと。

きっと今夜も、地球上に山ほどある「サチの店」では、「ジョー兄い」の話で酒を飲んでいるハズだ。(2017年4月9日)

 

【2020年6月の追記】 我ながらよく書けたし、いい写真だと思う。そして、何年経っても『スナック幸(さち)』は南千住のどこかにあると信じているし、宇宙にはファンクの星があると信じている。

 

●ドラマ『祭ばやしが聞こえる』、あるいは「落車」論(2016年9月20日)

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ショーケン演じる28歳の競輪選手「まくりの直次郎」こと沖直次郎は将来を嘱望される競輪選手だったが、ある日のレースで落車して重傷を負って長期欠場となり、先輩のマーク屋・高橋(山崎努)の実家である富士吉田の民宿に逗留しながらリハビリ生活を始める。そこで出会った高橋の妹で女一人で民宿を切り盛りする同い年のキク(いしだあゆみ)と出会い、惹かれあっていく…。

 

1978年のドラマ『祭りばやしが聞こえる』。
和製ソウルの名曲として有名な柳ジョージ&レイニーウッドの主題歌は音楽好きなら耳にしたことがあるかもしれない。(本当はドラマの主題歌のシングル版がいいのだがなかった。尚、ショーケン版もいい)

 


祭りばやしが聞こえる - 柳ジョージ

 

萩原健一の自伝『ショーケン』によれば「あれは失敗だったんだよなあ」とのことで、ショーケンの作品群の中で名作として指折られることもあまりなく、再放送もほとんどなく、ソフト化もされていない。

 

物語はラブストーリーであり、人間ドラマであり、古き良き日本の田舎の人情話。本当はこのドラマ、ショーケンアル・パチーノの『ボビー・デアフィールド』を見て、レーサーの設定でやりたかったんだけど予算の関係で競輪選手にした、と前述の自伝で言っている。しかし、このドラマが傑作だと思うのは、「競輪選手」と「競輪」という競技でなければ成り立たないテーマに貫かれているという点なのです。

  

このドラマは「落車」を巡る物語なのだ。

 

落車というのはほんの一瞬の出来事で、そのコンマ何秒前までは順調なのです。ただ、その一瞬の「魔」で全てが暗転してしまう。

軽症の場合もあるけれど、直次郎の場合は選手生命が危ぶまれるほどの重症。実際、復帰を諦めかけたりもする。復帰したとしてもかつての脚力は落ちているだろうし、また落車したら…と映像的にも落車シーンがフラッシュバックされる。

競輪で落車が起きると、当然接触した選手を対象に審議が行われるのだけれど、あからさまな反則でない限り、お決まりのアナウンスがある。

「2番選手の落車について審議いたしましたが、選手それぞれの動きの中で起こったもので、3番選手は失格とはなりません」

レースを走る選手は、勝つために精一杯のコース取りをしている。1番選手の意志があり、2番選手にも意志があり、3番選手にも意志があって、それぞれがそれぞれを走った結果の連鎖で落車が起きる場合がほとんどなんですね。

直次郎の落車も、映像を見る限りにおいては故意のものではなくて、他の選手との競り合いの中でたまたまある選手に接触してしまっただけ。まさに審議放送の「それぞれの動きの中で」起こった落車がほとんどなのだ。

 

物語の終盤。

紆余曲折あったが復帰を決意し、直次郎は立川で復帰戦を迎える。その復帰戦には直次郎の落車の原因となった選手(小林稔侍)がいて、宿舎でまるで弁解するかのようにナーバスに直次郎に絡んでくる。

2日目の準決勝、直次郎の後ろがもつれて大量落車するも1着になる。落車して傷つく辛さを人一倍知っているハズの自分が、今度は落車をさせる側になってしまう。

 

タンカで運ばれる負傷した選手。
直次郎は誰もいなくなったバンクを一人で呆然と眺める…
直次郎は覚悟を決めて必死の思いで復帰して、勝ちにいくレースをしたにすぎない。

 

これを「人生」ってものに置き換えてみると、この世に生きている限りにおいて、こういう「落車」はどうしたってつきまとうものだと思うのです。

そりゃ、誰も傷つけたくないし、誰からも傷つけられたくはない。直次郎のように、自分が傷ついたからこそ、誰も傷つけたくないと思うのが人情というもの。

それでも人生とは、世界とは、自分が直接傷つけようとしなくても、「それぞれの動きの中で」誰かを落車させてしまう(傷つけてしまう)ことがあるのが、この世界というものなんだと。

我々の生活でいえば、「おれのiPhoneは途上国の子供が作ってるんだよな…」とか、「このエロ動画のコはホスト遊びで借金を抱えてたのかな…」とか…(って、もう少しマシな例えはないのかオイ)

主人公のナオが落車して傷つき、それを悔い、怖れているのと同じように、出てくる人間がみんなそれぞれ人生の中で「落車」をしていて、悔い、怖れているのだと。

つまり「落車」っていうのを、人生に起こる「魔」…つまり、失敗であり、挫折であり、あるいは不運であり、不幸であり、災厄の「象徴」として描かれているのです。

 

だからって、そういう境遇に寄り添い続けるのは時間的空間的経済的にも無理というものであって、後ろで落車があっての1着も受け入れるしかない。唇に苦い味を覚えながら、翌日のレースを走るしかない。そんなことの連続だったりする。

 

それでも、ジャンは鳴る。

 

直次郎は無人のバンクを見ながら何を思ったのだろう。
もしかすると、落車「させた」者の傷というものを感じていたのかもしれない。傷ついていたのは、おれだけじゃないのかもしれない、と。

 

人生ってのはつくづく甘苦いもんだな、としみじみ思うのです。

 

他にも、「先行選手が追い込みに転向すること」に象徴される「青春の終わり」の描き方や、「トップ引き」(自らの「可能性」を閉じた人間)であっても走り続けるロートルの選手の生き様、など、おれが今まで見てきたスポーツをモチーフにした作品の中で、その競技の特質をここまで物語として昇華させた作品として、『レイジング・ブル』『ナチュラル』『カリフォルニア・ドールズ』、あるいは『ちはやふる』に並ぶ傑作だと思います。

 

45分×26話、となかなか時間を取る作品ではありますが、何かの機会でぜひ。

 

(2016年9月20日) 

 

ショーケン

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  • 作者:萩原 健一
  • 発売日: 2008/03/14
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カリフォルニア・ドールズ [DVD]

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【2020年6月の追記】ショーケンは死んだ。最終回の立川競輪でのレースのシーンの美しさ、あと常田富士男演じる競輪ファンのインチキ予想師の回はマジで泣く。落車といえば『ギャンブルレーサー』でも印象的に描かれていた。

 

●文科系のためのKEIRIN入門【応用編】 「選手コメント読解の基本」(2013年9月16日)

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今回は、基礎知識を身につけていただいた前提で、最初に書いた「競輪新聞という読み物」というところに戻ります。

そもそもこの「連載」も「競輪は言葉の持つ力が重いゲームという点で、本や映画を愛する文科系こそ楽しめるハズ」ということからはじめたものです。そして、あのカッコいいCMを例にして説明した、競輪というゲームの最も異様な文化、「選手コメント」を実際読んでみたいと思います。


選手コメントとは「このレースはこうやって戦うよ」という宣言でした。ラインの構成だけでなく、言葉の端々から漂う「意志」を読みとることができるのです。なかなか難しいかもしれませんが、やってみましょう。


このコメントは、まさに明けて16日に行われるオールスター競輪勝戦のものです。年末のグランプリ出場がかかったこのレースに、選手たちはどのような「言葉」を発したか。その言葉だけで「展開」と予想までしてしまおうということです。

 

①成田和也(福島)34 追込 
「状態は良いですね。新田君の更なるレベルアップを感じます。まずは付けきってから」
②藤木裕(京都)29 逃げ
「オリオン賞が全くダメで、気持ちを切り替えて先行した結果が出た。V狙って自力勝負」
③金子貴志(愛知)38 逃げ
「レースの流れも見えているし、状態は良いですね。吉田君が頑張ってくれるし任せる」
後閑信一(東京)43 自在
「池田君、平原君のおかげに尽きますよ。悔いの残らないように前々から自力で頑張る」
村上博幸(京都)34 追込
「今開催はかなり仕上がりよく入れました。久しぶりのG1決勝かな。藤木君にマーク」
⑥勝瀬卓也(神奈川)36 追込
「車は踏んだ分だけ伸びているし、悪くないですね。連携実績ある地元の後閑さん目標」
⑦稲川翔(大阪)28 自在
「前々から踏んで自分らしいレースが出来ていますよ。京都追走からVを狙って」
⑧吉田敏洋(愛知)33 逃げ
「準決勝は深谷君の頑張りにつきますね。金子さんの前で自分の持ち味を出せるように」
新田祐大(福島)27 逃げ
「とっさの判断で藤木さんの番手で粘った。自力で成田さんと決められるように頑張る」

 

<ライン>  ⑧③ ④⑥ ⑨① ②⑤⑦

 

 

ラインについては言葉の解釈を必要とするまでもなく、地域を見れば大体決まります。

 

⑧③の中部 愛知同県ライン
②①の福島 同県ライン
②⑤⑦の近畿 京都+大阪ライン(そして②⑤は師匠が同じ)
④⑥の関東 東京+神奈川ライン

 

となります。しかしながら、よーく読んでいくと、ラインの絆に多少の濃淡があるのです。
さあ、一緒に国語の読解問題を解いてみましょう。

 

①成田和也のコメント

状態は良いですね。新田君の更なるレベルアップを感じます。まずは付けきってから

 

注目すべきは最後の文。「まずは付けきってから」です。
このレースは名誉と年末のグランプリ出場権をかけたビッグタイトルです。誰だって勝ちたいタイトルです。なのに、この軽い感じは何でしょう?
実はこの選手、もうGP出場を決めているのです。6月の岸和田の高松宮記念杯で優勝しているからです。つまり、そこまでの勝ちにこだわらなくてもいい立場、からの発言なのです。

が、筆者の見解を申し上げますと、ハッキリ「新田を勝たせる。優勝は狙わない」と思ってます。
その理由は…

理由① 高松宮記念杯の時は前を走る新田がひっぱってくれて優勝できた、という恩義があること。
理由② 年末のGPに前を走る⑨新田が出場を決めれば、GPで自分の前を走る選手ができること。

の2点です。この理由から、成田は「ぼやかした」と見るべきです。もし福島ラインから買うなら、成田が新田を最後に抜いての1着(差し目)は、筆者はあまり買いません。成田は競輪道に篤い、安定感のある大好きな選手ですが、ここでリアルに振舞わない理由はないと思います。まあ筆者が狡猾なだけかもしれませんが。

 

②藤木裕のコメント

「オリオン賞が全くダメで、気持ちを切り替えて先行した結果が出たV狙って自力勝負」

 

はいポイントは2点です。「気持ちを切り替えて先行した結果が出た」という表現と、「V狙って」という直接的な表現出ました。
「先行した結果が出た」これは当然「先行することを意志として持っている」ことの表れです。その証拠に、彼がひっぱる近畿ラインは3車で先行の条件「ラインが長い」に当てはまります。前半で前走に捲りで失敗したことを挙げていることからも、このラインが先行する可能性は高いです。「V狙って」はまさに文字通りです。相当な気合で駆けることでしょう。能力が伴うか…は置いておいて…。

 

後閑信一のコメント。

「池田君、平原君のおかげに尽きますよ。悔いの残らないように前々から自力で頑張る

 

後閑はおれの大好きな選手で、見かけはヤクザそのものの地元のボスであり大ベテランであり娘の名前はユリアで『北斗の拳』から名付けたというアイドル性の高い選手です。43歳の最近になって番手を避け「もう一度自力でやる」と宣言し、オッサンの星として注目を浴びています。前半の部分はまさにその状況を言っていると言えます。ですからここでは置いておきます。ポイントは後半、「前々から自力で頑張る」です。

細かくなりますが、「自力で頑張る」は当然、ラインの前ということですが、その前に「前々から」と言っています。この一言があるだけで、あることが予想されます。

「前々から」とは「前の方で」なのですが、43歳がまさか「先行」はありえません。
ただ「悔いの残らないように」という言葉が「地元京王閣の大レースの決勝で華々しいことがしたい」という意味にも取れます。それはそれでロマンですが、プロです。後ろは絆の深い埼玉でなく神奈川です(これは次に書きます)。ガキじゃあるまいしそんなことは考えないでしょう。だったら「先行で」くらい言った方が世間はどよめきます。

じゃあ「前々で」とは?これは「なるべく前の方にいるように心がけて、最後になんとかしたい」という意味です。具体的にはどういうことかというと「先に加速したラインの後ろにくっついて走りたい」です。

つまり、③藤木の先行が予想されますので、その後ろにくっついていって、タイミングを見て捲りを打つ、これが多分④後閑の理想です。そこにはもう一つ理由がありますが、あとで。

 

村上博幸のコメント

「今開催はかなり仕上がりよく入れました。久しぶりのG1決勝かな。藤木君にマーク

 

ポイントは「藤木君にマーク」です。「マーク」とは逃げ選手の後ろに徹底的にくっついていくことをさす言葉で、番手の仕事をこなして差すことなく2着になると「マーク」という決まり手が記録されます。1着選手にも決まり手には「逃げ」「捲り」「差し」があり、「マーク」は2着の決まり手です。
とはいえ、1着を狙ってないというわけではないと思います。「マーク」という番手選手にしかつかない決まり手用語を使うということは、二人は同じ師匠で同じ京都ですから、「おれは藤木の後ろを離れないし、番手の仕事を一生懸命やるよ」という絆のあらわれです。え?それは妄想じゃねえの?と思うかもしれませんね…そこで次の選手のコメントを見てみましょう。

 

⑥勝瀬卓也のコメント

「車は踏んだ分だけ伸びているし、悪くないですね。連携実績ある地元の後閑さん目標

 

勝瀬は立場的には「後閑の番手」です。つまり、さっきの「藤木君にマーク」の⑤村上と同じ立場です。しかしながら、「後閑さん目標」と言ってます。「マーク」とは言ってません。「目標」です。

このニュアンスの違い、お解りでしょうか?「マーク」は徹底的にくっついていくイメージなのに対し、「目標」はどこか距離があるとは思いませんか?

はい、そうなのです。この二人にはあまり絆はないのです。後閑が「前々で」と言った理由もこの辺にあります。二人の距離はどのくらいなのでしょう?とさながら恋愛のようですが(これを期に「マーク」とかが恋バナなどで使われる世界を夢想します)。

ラインは地域で決まるとご説明申しあげましたが、関東は特殊なのです。そもそも、「関東で結束」の場合の関東とは、東京・埼玉・茨城・栃木・群馬・新潟、を指します。では、神奈川、千葉は?というと、実は関東とは別地区の扱いで「南関東(ナンカン)ライン」となるのです。神奈川と千葉と静岡がこれになります。

なぜこうなったかは管轄官庁の経済産業省の管区の問題らしいのですが、東京の後閑と神奈川の勝瀬は、実は別の地区に属する選手なのですね。世間一般では東京神奈川は近接するイメージがありますが、競輪の世界では多摩川大橋は架かってないのです。東京埼玉では「埼京ライン」でほぼ同県の扱いなので、笹目橋も戸田橋も荒川大橋も架かってますが。

つまりこのコメントからわかることは、⑥勝瀬にとって④後閑は他地区の選手になるので「マーク」と言うほどの義理はない、ということです。ゆえに勝瀬は、他のラインの加速が良ければ、後閑を捨てて他のラインに飛びつく可能性がかなりあります。このニュアンスを、競輪新聞の記者は「目標」の一言でまとめるわけです。

 

⑦稲川翔のコメント

「前々から踏んで自分らしいレースが出来ていますよ。京都追走からVを狙って

 

これもまた味わい深いコメントです。後半を見てください。「京都追走からVを狙って」。
彼は近畿ラインの三番手ですから、あまり有利な位置ではありません。しかし、「Vを狙って」いることを宣言しています。これは果たして単なるビッグマウスでしょうか?

ポイントはその前の表現、「京都追走から」です。


結論から言うと、彼は勝つために裏切る可能性があります。

まず、同じ近畿ラインの仲間でありながら、まえの二人を「京都」とひとくくりにしている。これは「自分は大阪である」という事実を確認すると同時に、前の二人は自分とは違う、というニュアンスを孕みます。
もし、彼が近畿ラインにこだわって義理を重んじるならば「近畿ラインの三番手から」という風に、ライン全体の属性を明確にした言い方をするハズです。

もう一つの理由は彼は「自在」選手であり、本来なら前を走ってもおかしくない脚があるのです。格と地域の関係から三番手になったことについて、多分完全に納得はいっていないのでしょう。だから、彼の頭の中では「京都2車ラインに、自在で単騎戦の自分がくっついている」意識があるのです。大仰なことを言えば、義理で「ライン」を形成したが、本当は単騎戦を狙っていたような気がします。
このラインは先行する可能性が高いですが、もしも福島の新田が猛スピードで飛びだしたら彼はどうするかわかりませんし、三番手捲りもあるかもしれません。ちょっと気になる選手です。

 

⑧吉田敏洋のコメント

「準決勝は深谷君の頑張りにつきますね。金子さんの前で自分の持ち味を出せるように

 

彼は力のある逃げ選手ですが、同県に深谷という若手スーパースターと、今回番手に回った金子というどちらも同じ逃げの力のある先輩に挟まれた形の選手です。G1の決勝に乗ること自体がなかなか健闘…と言っちゃナンですが、競争得点(勝つと付与されるポイント)も下から2番目で、ハッキリ言えば若干のロートル感は否めません。で、ポイントは「金子さんの前で自分の持ち味を出せるように」です。

実は、前半で言及しているように、彼が決勝に乗れたのは、天才深谷の番手を回れたからなのです。で、この深谷の師匠が、今回の番手の金子なのです。つまり、準決勝は弟子に勝たせてもらった。だから決勝は師匠の「金子さんの前で」となるのです。これが何で味わい深いかというと、金子という選手も逃げの選手で、本来なら前でもいいのです。でも、吉田が回る。つまり、逃げの後ろに逃げの選手が入るわけで、後ろの金子はただでさえ高い脚力を温存して最後に戦うことができる。これは相当に強いです。

じゃあ、「持ち味を出せるように」とは?
ズバリ、「先行まで意識しての逃げ」です。彼は先行数13回で、⑨のスピードスター新田と同じなのです。今回先行しそうな②藤木が10回ですから、戦うステージに若干の差はあれど、先行意識が高い選手なのです。そこに師弟への義理が加われば、先行条件「後ろの選手を勝たせたい」にあてはまります。その証拠に「持ち味をだす」と言っているだけで、「勝つ」ことを全く言ってませんよね?つまり、彼は「先行」する意志があります。

 

さて、③金子と⑨新田ですが、この二人のコメントについてはわかりやすいので特にありません。
ただ、⑨新田は「インタビューが異常に長い選手」で、なおかつ言語感覚がワケわからなくて、実に「ほつれ」を感じさせる選手として競輪ファンの笑いを誘う選手として有名です。ちょっとリンクが探せませんでしたが、本当に「何言ってるのかわからない」選手なので、機会があればご紹介します。

いかがでしょうか。まるで映画や文学の、大きく言えば聖書の言葉を読み解くようでしょう?
これらのコメントはすべて、競輪新聞という空間に載っているのです。それだけではなく、選手の勤務評定、ギアの倍数から誕生日まで載ってるという…500円でありながら、とんでもない読みものなのです。

 

あ、肝心なことを忘れてました。予想です。
②藤木の近畿ラインが先行、タイミング良く⑧吉田も先行で先行争い。④後閑が近畿追走で、後ろから満を持しての⑨新田が捲り。番手成田が新田を残しながら走り、④後閑と近畿三番手⑦稲川、番手から抜け出す③金子がゴール前で…

 

新田G1制覇!の ⑨-①③④-①③④⑦ と、
地元で魅せてくれ!の④後閑からの夢車券、④‐①③⑦⑨。

 

で、どうでしょうか。

長くなりましたが、祝日で台風も来てることだし、ヒマつぶしくらいにはなったかと思います。
やはり世界は、言葉でできているのです。

●文科系のためのKEIRIN入門⑥ 風と意志と義理人情 2013年9月14日 

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「競輪予想で最初にすることは、誰が最初に飛び出して先行をするかである」ということは説明しました。 

誰かが、先行逃げ切りという華々しくもチャレンジングなことに挑まなければ、レースは動かない。穏便なことだけをやっていては世界は動いて行かない、ああ、まさに人生のようですね。 

 

先行というチャレンジングなことをする選手には条件がありました。 

 

条件①「とにかく、自分の脚力なら勝てるという絶対的な自信がある」

条件②「若い選手が「自分は一生懸命走る選手です」と選手や客にアピールしたい

条件③「後ろに地元のスター又は名選手がついているので勝たせたい

条件④「自分のラインが長く、後ろの選手の技術に信頼が置ける」

 

以上の条件を考慮し、ラインと「先行」の予想は以下の通りとなりました。

 

 

   ←まくり ❻松井珠-⑦松井玲 (中部ライン)
       ←まくり ❹柏木-①指原 (九州ライン)
 ←先行 ❸渡辺-⑨小嶋-⑧高橋 (埼京ライン) 

 

 

 

地元埼玉で開催される決勝で後ろに同県の先輩が付き(条件③)、自分のラインが他のラインにくらべて長い(条件④)ことから、❸渡辺が先行してレースの口火を切ることになるだろう、と。

で、❹柏木はその先行を追走し、4番手あたりからタイミングを見てまくりに勝負を賭ける。若くて一番勢いのある❻松井を先行させてはまくれないことを警戒してなるべく後ろに置くような動きをし、❻松井は最後方から一気にまくる展開になる…とここまで。


では、残りの2人はどうするか、という話です。

⑤篠田は逃げもできるし追込もできる「自在」のスター選手。
②大島は「追込」のスター選手ですが、ライン条件の折り合いがつかず、どちらも一人で戦う(単騎)ことを選択しました。

ちょっと応用編になりますが、この二人の展開想定をしてみましょう。

まずは⑤篠田から。果たしてこの選手はどうしたらいいのでしょうか。

 

結論から言うと、彼女は「飛びつき→切り替え」を狙って行くハズです。
飛びつき、とは先行ラインが加速したらその後ろに勝手について行き、風をよけてスピードに乗って前方に出ることです。そして、切り替え、とは、後ろから来るであろう別のラインが通り過ぎる時に今度はそっちについて行くことです。イメージとしては、傘がないのに雨が降りだした時に、屋根のある所を探しながら進むような感じ、と言う感じです。

まず、スタートと同時に、⑤篠田は選手たち全体の一番先頭に出ます(Sを取る)。そしてそのまま周回していくと、さっきの展開でいけば❸渡辺の埼京ラインが先行を狙って飛び出してきます(ホントはもっと複雑ですがイメージしやすいように書きます)。

そして、横を過ぎて行く瞬間に、⑧高橋の後ろに無理矢理入るのです。それである程度走ります。そうすると今度はまくろうとして❹か❻のラインが上昇してくるので、どっちかの後ろにつきます。そしてまた風をよけて追走して…と、こういう展開を描いているわけです。

地元九州の3番手を避けた⑤篠田はこう考えると想定します。

 ①「まず、先行するのは❸(埼玉)か❻(中部)だ。❹は自分の地元だから無茶できないけど、2車だから先行はないと思うので九州の仲間を裏切ることはない」

②「多分地元だから❸がくるだろうけど、4番手とはいえ前には出られる」

③「個人的には勢いがあってスピードに乗ったらヤバい❻が先行して欲しい…そうすれば❻⑦の後ろで3番手だし、⑦はイマイチ下手だから、タイミング逃して車間が空いて、そこにハマれば2番手だ…まあ、❻⑦の後ろに乗ってすっ飛ばして途中で抜いてもいいや。だって何の絆もないもん(他地区だから)」

 

どうですか?頭脳戦でしょう?ロジカルでしょう?全部妄想だけど(笑)

ここまで読み切れば、もし❻が先行ならば⑤は結構な有力選手になります。2、3着には絶対に入れたいところですし、穴ならアタマ勝負でしょう。

さて、単騎で「追込」選手の②大島です。
大島は「追込」なので、⑤篠田ほどの機動力(タテの脚)はないと考えられます。
彼女は引退した伝説の逃げ選手の前田(千葉)の番手にくらいついて、時に前田の勝利のためにブロックに励み、時に最終直線で前田を差し、といった名勝負を繰り広げて来た「マーク屋(巧い追込選手のこと)」です。

ですから、彼女の持ち味は「逃げ選手の後ろで追走し、最終直線で差す」技術なのです。ここが「自在」の⑤篠田と違う点です。だから、彼女が選択したのは、どこかのラインの逃げ選手の後ろに無理矢理入る「競り」です。これが多分、競輪の一番人間臭い(ブンガク的?)なところと言えます。

では、どの選手に(どのラインに)競り込むことになるでしょうか。

競輪は風と義理人情の競技ですから、同じ関東であり地元である❸渡辺-⑨小嶋-⑧高橋「関東(埼京)ライン」に競り込むことはできません。それをやっては、今後のレースでの連携ができなくなる可能性があります。

となると、彼女が狙うのは❻松井珠-⑦松井玲の「中部ライン」か、❹柏木-①指原の「九州ライン」となるワケです。さて、どちらか?

この場合、❻松井珠-⑦松井玲の「中部ライン」の⑦松井玲にでほぼ決まりです。
その理由は以下の通りです。

★「他地区だから」
中部地方と関東地方なので、今後レースで連携する機会はほぼありません。
 
★「とにかく若い❻松井珠がスピードと勢いについては明白だから。」
→最大の理由はこれ。脚がある若手の後ろの方が有利に決まっているからです。

★「二番手の⑦松井玲が番手選手としてはまだ若く、勝てそうだから」
→競り合いというのは技術なので、若い選手には熟練が足りないことが多いです。

★「二人の練習場は名古屋と豊橋に分かれていて、連携がいいかどうかわからないから」
→細かい話ですが、ほんのわずかなスキも見逃せないワケです。 

 

ここは応用編ですので飛ばしてもらっても結構です。
ここまでの基本が分かれば十分ですが、当方、「文科系のための」と名乗っている以上、次の「心理的側面」にも注目したいところです。 

 ★「もう一人の単騎、⑤篠田がこのラインの先行を期待してるっぽいから」

→⑤がこのラインへの飛びつきを狙っている可能性が高いので邪魔をしたい、という感じでしょうか。後ろが競りでガチャガチャやってる不安定な状態にすれば❻は簡単に先行はできなくなり、先行できたとしても⑤の理想である「先行の❻のスピードに乗って勝つ」という狙いを妨害できる。さらに、❻をスピードに乗せないようにすることで、今回別戦の地元関東の❸⑨⑧にも有利に働くわけで、たとえここで負けても「恩を売る」形となり、今後の連携を考えると長期的に見て自分にメリットになるわけです。

 

ということで、競輪新聞の原稿を作ってみましょう。

 

大宮競輪最終日 S級決勝 

先頭固定2000m

 

 <コメント>

①指原「篠田さんと話し合って柏木くんの後ろ。」
②大島「決めずに。」
❸渡辺「先行。」 
❹柏木「自力」
⑤篠田「位置決めず自力自在」 
❻松井珠「先行主体で。」
⑦松井玲「松井珠をマーク。」
⑧高橋「埼京の後ろで。」
⑨小嶋「渡辺くんに任せます」

  

 <周回予想> ⑤・❹①・❻(⑦②競り)・❸⑨⑧

 

<最終B>

     ←まくり❻②⑦
        ←まくり❹①
   ←先行❸⑨⑧⑤

 

本紙予想 渡辺のメイチ駆けに乗る地元小嶋のV。若手期待の松井珠と叩き合いになれば巧者篠田の差し脚一考。

⑨ = ③ -⑧④② 

⑨ - ⑧ -③④② 

⑤ = ⑨②⑧ 

 

 

なんてね。

 

いやー壮大なお人形遊び、いかがでしたか?たまたま競輪関係のツイッターでみつけた「AKBで競輪の出走表を作ってみた」を貼付けてみただけで(実は出走表はコピペなのです…年齢は調べたけど)、ここまで、もう一度書いちゃうけど、ここまで、ムダに長い物語が紡げるワケです。

 

ここまでで「基礎編」は終了です。長々とお付き合いくださいましてありがとうございました。当方、アイドル方面に暗いのでそこら辺の知識の曖昧さはご容赦ください。

次回以降はちょっと細かいですが、「コメント」の読解をやってみたいと思います。
これはまさにおれの職業柄、避けて通れないのです(笑)

(「応用編」に続く)

 

【2020年7月追記】よくここまで書いたもんだ。途中で段々と興が乗ってきて筆が止まらなくなってしまった。今回再掲するにあたってかなり加筆と修正をした。競輪とアイドルの両方のオタクからあれこれ言われそうだけれど、そんなもんは気にしない。

●文科系のためのKEIRIN入門⑤ 「誰が風を見たでしょう?」2013年9月13日 

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さて、前回は「ライン」というのはどういう思惑で決まるか、について説明しました。出身地と「絆の濃さ」、そして何を目標に走るかによって選手は「打算的に」ラインを作るのでした。模擬レースとして、AKBを使って、以下のようなラインになりました。

 

★大宮競輪決勝 4周 先頭固定競走


①指原(大分/別府) 追込
②大島(栃木/宇都宮) 追込
❸渡辺(埼玉/大宮) 逃げ
❹柏木(鹿児島/根占) 逃げ
⑤篠田(福岡/久留米) 自在 
❻松井珠(愛知/名古屋) 逃げ
⑦松井玲(愛知/豊橋) 追込
⑧高橋(東京/立川) 追込
⑨小嶋埼玉/大宮) 追込


<ライン>  ❹①・②・❻⑦・⑤・❸⑨⑧  
 

 

では、早速レースの展開を考えてみましょう…の前に、まず、そもそも競輪のレースとはどういうルールになっているのかについて。

通常、レースは2000mです。想定した大宮は一周500mですから、4周することになります。1周、2周とゆっくり走ります。

そして、残り1周半の段階で、皆さんご存知「ジャン(打鐘)」が鳴ります。ここから選手たちは一気に加速し、それぞれのラインが有利な位置を取り合います。

 

ここで重要なのは、ジャンが鳴ってもまだラインによる「団体戦」である、ということです。


個人ではなくあくまでライン単位で前の位置を取り合って、最後のゴール前のコーナーまではラインは協力し合います。前に触れた、先頭選手を守って番手の選手は他のラインを妨害する、などのバトルが繰り広げられるのです。


この時、絶対の不文律としてあるのが「最終直線まではラインの前の選手を追い抜いてはイケナイ」というものがあります。別にやっても失格にはならないのですが、これは選手間、および客との義理を欠く行為になります。

最終直線に入る所でこの契約は解除になります。そこからゴールまでの直線は、前を抜こうがどうしようが勝手です。

 

ところで、最終コーナー前に番手の選手が先頭選手を抜くこと(番手捲り)は逃げ選手との契約違反であり、仁義としてやってはいけないという不文律があるのですが、例外的にやっていい場合があります。

①「前が弟子で番手が師匠」
②「前の選手が若手で番手が大御所(特に地元)」

の場合です。これは客も選手も納得するのです。


時に、番手捲りを打ってもいい立場なのにそれをしないで仁義を果たし、最終直線だけで勝利する選手がいます(2013年寛仁親王牌の金子と深谷の師弟がそうです)。こういう選手は客からも選手からも信頼と尊敬を受けることになるのです。これは本当に素晴らしいレースでした。


デビューから18年!金子貴志が悲願のG1初制覇!第22回寛仁親王牌【シクロチャンネル】

 

さて、お待たせしました。展開想定、つまり「車券を当てる」ことを考えます。


まず最初に予想しなければいけないのは、ジャンがなってどのラインが最初に先頭に飛び出すか、つまり「先行逃げ切り」を狙っているのは誰か?ということです。

先行逃げ切りは相当な脚力と持久力が必要になります。そして、そのまま逃げ切ることはかなり困難であり、早い話がかなりリスキーです。他の選手はその間に力を温存しているわけで、力の消耗したゴール前で抜かれる可能性は高い訳ですから。でも、誰かが行かないといけない。牽制し合ってダラダラやると「敢闘精神欠如」という重大な失格になります。


誰が最初に先行するか、これが予想の第一歩です。


通常参考にするのは競輪新聞「B回数(バック回数)」で、最後の半周を先頭で走った回数の数です。これは新聞に書いてあることなので、文科系らしく「なぜ逃げるのか?」について説明します。

 

明らかにリスキーな「先行」に挑むには条件と理由があります。

 

条件①「とにかく、自分の脚力なら勝てるという絶対的な自信がある」
これは当然です。他の選手が弱かったりすれば尚更そうなります。しかし、これは限られた選手と限られた条件のレースにしか与えられないと言えます。

 

条件②「若い選手で「自分は一生懸命走る選手です」と選手や客に積極的にアピールしたい」
着順は関係なく、とにかく積極性があることをアピールする。かつての企業における新入社員や、若手芸人のメンタリティです。

 

条件③「後ろに地元のスター又は名選手・ベテランがついている」
とにかく行けるところまで前で走って、ギリギリで後ろの大御所に有利な形を作って最終直線へ。
これは「犠牲的逃げ」などと言われます。②に近いのですが、こうして地元や大御所に対してアピールして、悪く言えば「恩を売る」、よく言えば「評価を上げる」意味があります。

 

条件④「自分のラインが長く、後ろの選手の技術に信頼が置ける」
これが一番現実的かつ合理的な理由です。自分の後ろに1人しかいないと、他のラインは2人抜くだけで捲れるし、ブロックは一発勝負になります。後ろに2人なら他のラインは3人抜かないと捲れないし、二人が妨害してくれるし、3人ならさらに…となります。

 

以上の4点をふまえて、さきほどのラインに当てはめてみましょう(さらにここに「選手の性格」というものも加味するのですが、「人読み」は応用編なのでここでは割愛します)。

 

条件①は結構特殊なので、ここでは検討しません。アイドルに話を合わせれば、「1000年に一人の美少女」みたいなそういう存在の話ですので。

ですから、主に②、③、④が条件になります。

 

条件②「アピールしたい」
若くて、評価が急上昇していて、これから上がって行きたいと野心を秘めている逃げ選手は誰か?と考えると当然、一番若くて人気が急上昇した❻松井珠となります。脚力もあり、新鮮な注目をされているからこそ、先行勝負の可能性は大きいです。

 

条件③「後ろに地元orスター選手」
これの「地元」に該当するのは❸渡辺です。しかも後ろは⑨小嶋という地元の先輩、ファンも多い中で先行するのは可能性が大きいと言えます。
「スター選手」ですと当然、①指原を引っ張る❹柏木です。直近のタイトルホルダーを引っ張ることをせず、自分だけの競走をしようものなら、競輪場の紳士たちから手厳しい「アドバイス」が飛ぶことになります。これは「地元」の❸渡辺にも言えます。

 

条件④「自分のラインが長く、後ろが巧者」
これは当然❸渡辺です。他のラインは2車ラインなのに対し、埼京ラインは❸⑨⑧の3車ライン。しかも三番手には度胸もあり義理堅い⑧高橋がついています。他のラインが捲って来ても、この巧者二人が後ろにいればかなり安心できます。

 

以上の検討から、先行する選手を予想すると、二つの条件(③、④)をクリアし、なおかつ地元の大きいレースの決勝であるということから、❸渡辺の「埼京ライン」が先行、という予想が有力になります。

次に考えられるのは最若手で勢いのある❻松井が度胸一発(条件②)で先行の「中部ライン」でしょう。

❹柏木の「九州ライン」は、逆にまくりに賭けるしかないと思います。そもそも、彼女自身が❻松井ほどの若い脚力に勢いがあるか?と。そうなると彼女はこう考えるはずです。

 

「とにかく、❸のラインと先行勝負は避けて先に行かせて、その後ろにくっついて行こう。❸の脚力なら捲れるだろう。ただ、勢いのある❻を先に行かせると捲れるか不安だから、❻より後ろには絶対にならない!」 

 

 

便宜的に「単騎」の2人は除外して、競輪新聞の最終バック予想図を書くとこうなります。

 

 

         ←まくり❻⑦
          ←まくり❹① 
    ←先行❸⑨⑧ 

 

 

 

 

こうして、覚悟を決めて先行した❸渡辺の「番手」にいる⑨小嶋は、最終直線に到達する頃には「風除けしてもらって脚力は温存され、さらに前の方にいる」という有利な状況になるわけです。ですから、通常の予想で本命の印が打たれるのは「先行の番手」になることが多いのです。

 

前回書いた「強い逃げ選手の番手が一番有利」というのはこういうことです。

 

ところで、、残る大御所二人、「競り」の予感漂う②大島と、位置を自在に決めてかかる⑤篠田ですが、ラインに位置のない不利な状況でどのようなレースをするのでしょうか。

 

といったところで、次回に。(2013年9月13日)

 

【2020年6月追記】このレース展開は昔ながらの「競輪道」に依った「競輪の様式美」のようなものなので、現代において先行条件は多少の変化はあるかもしれない。しかしながら、何事も「基準」を定めないととっかかりがないというものだ。

●文科系のためのKEIRIN入門④ 「風は吹いている」2013年9月13日

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のっけから重要なことを言います。

競輪で一番有利なのは、強い逃げ選手のすぐ後ろである。→「番手」と言います。

 

一見すると一番強い逃げ選手が一番有利に思いますが、考えてみてください。逃げ選手は逃げ続けないと勝てませんから、最後の1周ちかくをほぼ全力で走ります。しかも彼は風を受けていますからリスクが大きい。


一方、その後ろの選手は逃げ選手のスピードについて行くだけで、風を受けません。たとえ逃げ選手が自分より能力があっても、風の抵抗がない分追走が可能なのです。しかも脚力は残っている。その状態で最終直線に来れば、前の選手はかなり消耗していますが、後ろの選手はまだ残っていてもう一度踏み込める…と。

つまり、追込み選手は「強い逃げ選手」の後ろに何とかして入りたい。
かつてはこの位置を巡って格闘技さながらの取り合い(競り)が繰り広げられましたが、現在ではこの位置を戦う前にあらかじめ選手間で決めて、例によって「コメント」で発表するのです。

それを「ライン」と言います。このラインの決め方は「所属する都道府県」が基準となり、同じ地域、同じ練習仲間、などの絆で決まります。

 

と、言うことで前回の宿題の答え合わせです。

 

大宮競輪 
指原莉乃(大分/別府) 追込
大島優子(栃木/宇都宮) 追込
渡辺麻友(埼玉/大宮) 逃げ
柏木由紀(鹿児島/根占) 逃げ
篠田麻里子(福岡/久留米) 自在 
松井珠理奈(愛知/名古屋) 逃げ
松井玲奈(愛知/豊橋) 追込
高橋みなみ(東京/立川) 追込
小嶋陽菜(埼玉/大宮) 追込

※カッコ内は所属の都道府県と練習してる競輪場です。

 

忘れてましたが、大宮競輪場で開催してます。これが重要です。

まず、先頭を走る若い「逃げ」選手は、

渡辺麻友(埼玉/大宮)
柏木由紀(鹿児島/根占)
松井珠理奈(愛知/名古屋)

の3人。


本当は逃げの力もある「自在」の大御所、⑤篠田麻里子(福岡/久留米)も一応入れてもいいかと思いますが、純粋な逃げ選手という意味で、③④⑥の三人がラインの先頭になります。


では、ラインと展開の予想をして行きましょう。(※注、ここでの「先輩」というのは年齢のことで、何期生とかは筆者は知りませんのでそこんとこよろしく)

 

渡辺麻友は地元、ホームバンク大宮で、埼玉の選手です。当然、同県で同じ大宮競輪場で練習している先輩である⑨小嶋陽菜が彼女の「番手」になります。❸⑨は決まりました。ここは地元の意地、本命ラインでしょう。

 

松井珠理奈は愛知の選手で、同県で先輩の⑦松井玲奈が番手。ここもすんなりでしょうが、一点気になるのは❻は名古屋、⑦は豊橋と練習グループは違うので、埼玉ラインの二人程の絆はないかもしれない…という所です。ちょっと覚えておいて下さい。

 

さて問題はここです。九州の3人。
柏木由紀は鹿児島の選手です。同県の選手はいませんが、九州地区の追込が二人います。①指原莉乃と⑤篠田麻里子です。さてここが難しい。どちらが番手に入るか。この場合、「格」で決めるか、「年齢」で決めるかという問題があります。
①指原は、最近ビッグタイトルを取ったスター選手であり、やはり勝ちに行きたいし、車券的にも人気が予想されます。「格」でここは①指原が❹の番手でしょう。

❸渡辺-⑨小嶋 →埼玉ライン
❻松井珠-⑦松井玲 →中部(愛知)ライン
❹柏木-①指原 →九州ライン

 

さて、ここまでは決まりました。

残るは大物3人。

大島優子(栃木/宇都宮)
篠田麻里子(福岡/久留米)
高橋みなみ(東京/立川)

 

がどういう戦い方でくるか、です。

ここからは彼女らのアイドルとしての人気やら華やらAKBの映画などで垣間みる人間性やらを独断で能力に置き換えて、競輪選手の立場として妄想します…「妄想」これもまた文科系的なキーワードです。

 

まず、多分すんなり決まるのは⑧高橋みなみ(東京)。
彼女は東京の選手で、競輪のラインには「埼京ライン」というのがあります。埼玉と東京は同地区さながらの絆があります(多分、立川と西武園が近接していることに由来します)。
彼女の親分肌な性格上、まず地元に花を持たせることを考え、なおかつ「埼京で勝つ!」という使命感から、埼玉ラインの三番手に収まるでしょう。

 

さて、九州ラインの番手を譲った⑤篠田はどうするか。
方法は2つ。「九州の三番手」または、ラインを組まずに位置を探して走る「単騎」のどちらかになります。


ここで注目したいのは⑤篠田が「自在」であるということ。この選手はベテランながら逃げられる脚力と、位置を奪うテクニックの両方がある老獪な選手なのです。となると、この選手は誰かの番手に入ればかなり有利ですが、一人でも「風が切れる」能力もあります(実際の選手で言えば浅井康太や平原康多なんてのがそうです)。

 

さらに、大物としての風格もあり、やすやすと三番手など回るのはどうなのか。福岡のボスがそこまでして大分の①指原に勝たせたいか…となると、彼女は多分「位置を見て自在」の単騎戦になると思います。

 

そして残るは圧倒的な人気を誇るマーク屋、引退した前田敦子の番手からタイトルを量産した、②大島優子(栃木/宇都宮)です。

このレース仮に⑨小嶋が出ていなかったら、❸渡辺の番手は大島で確定です。まず「関東」という絆で埼玉の後ろに入れるし、格から言っても当然です。

あるいは、このレースが地元宇都宮で開催されていれば、❸②⑨はありえます。しかし、地元開催の地元ラインの番手を奪うのは「競輪道」に背く行為です。

だからといって、曲がりなりにもタイトルホルダーであり、かつては黄金時代を築き、現在でもトップ人気の選手が三番手というのは…。逃げ選手の番手からの差し足が持ち味の「鬼脚」です、そりゃあ逃げ選手の番手につきたい…

②大島は勝ちたいが、位置がない。
ここで出て来るのが、競輪の競技としての最大の面白さ、「競り」です。行き場のない追込み選手が、他のラインの力のある逃げ選手の番手の位置を奪いに行く戦法です。

競りかける条件は、

①強い逃げ選手の後ろ → 取れれば有利だから

②弱い番手選手 → テクニックに劣る番手選手なら競り落とせるから 

③同じ地区や地元ラインは避ける → 人間関係として今後の連携に支障が出るから

 

となります。
③がすごく特殊で、競輪が「義理人情」のスポーツだというゆえんです。

 

では、上の仮想レースだとどこになるか。


まず③の「同地区、地元はダメ」の条件から❸渡辺⑨小嶋⑧高橋のラインはない。これをやってしまうと仲間割れとなり、今後のレースで信頼が失われます。

となると、①の「強い逃げ選手」、つまり若くてイキのいい選手で言えば❻松井珠でその番手⑦松井玲に競り、②の「弱い番手選手」で言えば…何となく不器用そうな①指原に競り、のどちらかになります。

この時、②大島は多分こんな感じでコメントするのです。「位置を見て自在」。ハッキリ言う場合もあります(例;「柏木君にジカ」「柏木君の番手勝負」)

 

これが同じ単騎(ラインを組まない)でも⑤篠田とは意味が違うのです。

⑤篠田は元が「自在選手」ですから自分で突っ走って捲ることもできます。だから、前の方のラインの後ろを追走してタイミングよく飛び出せば勝負になる。だから、誰かの番手を奪う可能性は低いのです。

一方、②大島は「追込選手」です。追込みの選手は最終直線の一瞬で勝負を決めようとします。「位置を見る」というのは、どこかの場所を取りに行けたら行く、ということです。

それを客は読み取って、「大島が競るのは、中部か?九州か?⑦松井と①指原はどっちが弱いか?」と競輪新聞のデータで推理するわけなんですね。

 

ということで、ラインが決まりました。

 

(周回) ← ❹①・②・⑤・❻⑦・❸⑨⑧  

 

ちなみに、おれの展開想定では、多分⑦松井玲に競りに行くと予想します。その理由は…また次回。次回はこのあとどういう展開になるかを各選手の立場に立って妄想してみます。そして、ついに「競輪予想の基本」に移ります。予想とは、その展開で誰が一番有利なのか?を考えるということ、なのです。(続く)

(2013年9月13日)

 

【2020年6月追記】AKBとかそこまで詳しくないので異論のある向きもあるでしょうが、概ねイメージに近いと思うんだけどね。書いてて親和性の高さに驚いた。

●文科系のためのKEIRIN入門③ 「勝つのは誰だ、勝利とは何だ」(2013年9月12日)

まず、この2009年の競輪CMをご覧ください。

 


KEIRIN CM 勝つのは、誰だ。勝利とは、何だ。

 


このCMは、色々な立場の人を競輪選手に、そして彼らの人生をレースに見立て、「自分たちが何を目指して走っているのか」を語らせているという、実に味わい深いCMです。

さて、若干大げさな、見方によってはナルシスティックなイメージCMとしてかなり優秀でカッコいいものではあるのですが、実は競輪という競技の特徴をかなり巧く伝えているのです。

このCMに出てくる彼らの言葉…

「大きな成功をつかんでこそ人生だよ」
「ささやかな日々にも誇りはあるんだ」
「愛する家族が幸せならそれでいい」

…というセリフは何なのか?ということです。

少しやったことある人ならわかると思いますが、これは競輪選手が前日に出す「コメント」を美的にパロディしているんですね。競馬と決定的に異なる「人間がやっている競技」の粋は、選手が自分の得意な戦法を宣言し、レースについてどう走るかを前日に言葉で表明する、まさに「言葉」のスポーツであるということなのです。走ることが仕事であるならば、それは彼らの人生とか生き方の表明と言えるのかもしれません。

 

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前回のおさらいをします。

競輪選手には自分の脚質によって、得意な戦法による分類が大きく分けて2つありました。

ラインの先頭を走って風に負けない脚力をもつ「逃げ」選手。

逃げの選手の後ろについて行きながらゴール前での勝負に賭ける「追込」選手。

 

せっかくなのでもう少し詳しく書きましょう。「逃げ」の選手にも2種類あり、「先行」と「捲り」があります。

「先行」というのは、最後の1周くらいをダッシュして後続を離し、そのまま逃げ切りを狙える選手で、持久力と瞬発力を併せ持つ、相当な能力が必要になります。なかなか決まることは難しいですが、先行押し切りは競輪の華といえます。そして、主に若い選手がこれを目指します。

「捲り」というのは、先行選手のラインが前に出て走っている間にわざと後ろに引いて追いかけて、最後の半周くらいで一気にスパートして逆転を狙います。これもこれで華々しく、カッコいい。この選手の場合、持っている脚力をわざと出し惜しみする必要があります。

 

というか、一気に出してしまっては途中で失速してしまう可能性がある、ともいえます。先行選手に比べて瞬発力やダッシュ力はあれど、持久力はやや劣るのです。

 

混乱するといけないので、もう一度あの例を出します。

 

←❶(先行)②③  ❹(まくり)⑤⑥  ❼(まくり)⑧⑨

 

❶の選手は最後の1周半くらい前(この時にジャンが鳴ります)からスピードを上げて行きます。が、❹の選手はそこまでの自信がない、となるといきなり抜かしにかかるのではなく、まず③の選手の後ろにくっつくことを一般に狙います。前回も申し上げた通り、前に選手がいるのは風よけになるので脚を温存できるからです(❼の選手も同じく⑥の後ろにつこうとします)。

この温存したパワーを、最後の半周くらいで一気に出して前のラインを抜きにかかるのが「まくり」です。❶の選手も相当でない限り徐々に失速しますので、その失速の瞬間と自分のパワーが最高潮に達するタイミングを測っているわけです。

 

さて、長くなりましたが「❶が先行、❹がまくり」こういうレースの展開になったとします。実はこういう展開については、競輪新聞にすでに書かれているのです。
それが「選手の前日コメント」なのです。軽く作ってみます。

 

❶「先行。」  ②「❶の番手。」  ③「❶ラインの三番手」
❹「自力。位置を見て自在に。」 ⑤「❹くんに任せました。番手の仕事」…

 

みたいな感じでしょうか。

つまり、競輪のレースというのは「自分たちはどういうレースをするか」を各選手が言葉にして表明するのです。当然、「先行」を宣言するのが2人になる場合もあります。この時は激しいレースになります。

さらに、二番手の選手が争うこともあります。例えばこのレースで⑥の選手が他の選手と関係が浅かったり、どうしても勝ちたかったりする時、強力な❶の選手の後ろを奪いに行くこともあります。これを「競り」といいます。こう言う時は「❶の後ろをジカで」なんてコメントします。つまり、②と「番手の取り合いをしますよ」ということです。「ジカ」なんて言わない場合も多いのです。「位置決めずに自由にやります」なんて言う風に「におわせる」ワケです。

上のコメントは通常のレースの時で、これが大きなレースの決勝になるとかなり長いコメントが出ます。たとえば「○○くんが後ろで前に失敗したけど…」とか言わなくてもいいことを言ってるときは「ああ、相性悪いんだな」と思って見たり、「師匠の○○さんの前で走れるなんて…」みたいなことを言ってる時は「師匠勝たそうとしてんな」と思ってみたり、ここまでくるとそれこそ『あまちゃん』について毎日わーわーと分析しているのと同じような面白さがあるというものです。ましてや、継続してレースを見ていれば、それこそ「連載小説」のような面白さになります(先だって書いたこの間の親王牌の金子/深谷の師弟ワンツーなど、その際たるものといえます)

CMに話を戻せば、あの中に出て来るホストの7番車の弁「いつだって今の自分がすべてだよ」というのは、典型的な「先行選手」の思考と言えます。脚があるうちに(若いうちに)突っ走らないで(稼がないで)どうする?という人生観。

うだつの上がらないコンビニ店員のフリーター8番車の「ここはおれの居場所じゃない」というのは、ライン3番手に納得いかずに「位置決めず自在」を狙う選手の思考と言えます。「自由」というものを至上としスキを見て一発を狙いたい…という人生観です。

長くなりましたが(今さらかよ)、おれが「文科系こそ競輪にむいている」というのは、こういう「言葉」の持つ要素が非常に大きいスポーツでありギャンブルである、ということなのでございます。 (つづく…面白くなって来たから) (2013年9月12日)

 

【次回までの宿題】

以下の条件と選手で、「ライン」の予想をしてみて下さい。位置は問いません。

<ラインの条件>
①「逃げ」選手が先頭 
②同県→同地区→練習仲間→個人的な絆 の優先順位で決まります。
③2番手、3番手などの細かい順は「格」又は「キャリア」で決まります。
④「自在」とは、逃げの脚も追込みのワザも両方ある選手。→ここが応用編!

※「同地区」の定義
北日本(北海道/東北) 
②関東(細かく言うと茨城栃木群馬新潟の北関東と、埼玉東京の埼京の二つ)
南関東(千葉、神奈川、静岡)
④中部
⑤近畿
中四国
⑦九州

******************


指原莉乃(大分/別府) 追込
大島優子(栃木/宇都宮) 追込
渡辺麻友(埼玉/大宮) 逃げ
柏木由紀(鹿児島/根占) 逃げ
篠田麻里子(福岡/久留米) 自在 
松井珠理奈(愛知/名古屋) 逃げ
松井玲奈(愛知/豊橋) 追込
高橋みなみ(東京/立川) 追込
小嶋陽菜(埼玉/大宮) 追込

※カッコ内は所属の都道府県と練習してる競輪場です。

(2013年9月11日)

 

【2020年6月】当時AKB全盛期で、ネットに「AKBで出走表作ってみた」みたいなのがあって、それを使ってみた。競輪とグループアイドルは親和性が高い。あと、「勝利とは何だ」のCMの鋭い点として、4、6、8の人物が基本的に「くすぶっている」人であるという設定であることだ。

 

●文科系のためのKEIRIN入門② 「選手は何と闘っているのか」(2013年9月11日)

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前回は「競輪新聞」の言語空間について説明しました。実は競輪新聞の持つ言語空間、言い換えれば言葉というものの価値の重さというのはこんなもんではありません。ハッキリ言えば、あの紙1枚で一晩ヒマがつぶせる程の「読み物」なのであります。これについてはまた別に。

で、本日は上記の通り、少々哲学的なお話です。選手にとっての「敵」とはなんなのか。これについて少々お話しさせて頂きます。

おいおいおい、そんなものは「他の選手」に決まっとろうが。そうでなかったら何の為に競ってんだい?と、お思いかと思います。はい、その通りでございます。たしかに、目の前で対峙すべき「敵」は他の選手であります。

しかしながら、選手たちには他の選手よりも圧倒的に立ち向かわなければならない「敵」があるのです。いや、それは敵なのか?あるいは味方なのか?災いをもたらすものでもあり、恵みを与えてくれることもある巨大な存在とでもいいましょうか。
さて、なんでしょう?

そう、「風」でございます。

選手の強靭な肉体によって加速された自転車は最高70キロともいいます。しかしながら、このスピードで走るということは、その分、真っ正面からの風の抵抗を受けるわけです。風の抵抗を切って走るということはその分の体力、脚力の消耗を意味します。

選手間での争いというのは競技として当然なのですが、それ以前に、すべての選手には「風」という巨大な存在が立ちはだかっているわけです。つまり、結局のところ選手は「風」と闘っているのです。風との戦いに勝てるくらいの脚力、これが理想なのです。


「風に抗う」…どこか宮崎駿的ロマンを感じさせるこの重要なファクターが、競輪新聞の中に書いてあるワケです。それが「脚質(戦法)」と「ライン」であります。

「脚質(戦法)」とは、「その選手がどういう勝ち方を得意とするか」ということを自ら宣言するものです。大きく分けて2種類、「逃げ」と「追込」があります。

「逃げ」とは、とにかく「先頭で突っ走って勝つ」ことを得意とする選手のことです。さらに、逃げには2種類あり、「先行」と「まくり」がありますがここではおいておきます。さっき「突っ走って勝つ」と言いましたが、何に勝つのか?そうです、「風」に勝つということなのです。

逃げの選手というのは、風圧を受けてもそれに負けない脚力を持っている選手が名乗ります。この選手はとにかく前へ前へ出て行って、風の抵抗を押しのける自信がある選手のことです。

では「追込み」とはどういう選手かというと、簡単に言えば「風には勝てない」選手です。つまり、脚力がそこまでない(タテの脚がない、といいます)選手のことです。じゃあ、逃げの選手に勝てる訳がないじゃねえか、となりますが、違うのです。

ここで、「ライン」という概念が登場します。

例を挙げます。❶❹❼が風に立ち向かえる「逃げ」、②③⑤⑥⑧⑨が風に立ち向かえない「追込み」の選手とします。


実は個人競技のように見える競輪は、「ライン」というグループを作ることで「団体戦」をやっているのです。ただし、この契約はゴール前の最終コーナーまで、という不文律があります。最後の直線はどう走ろうが自由なのです。

ラインはたとえば以下のようになります。

 

❶②③ ❹⑤⑥ ❼⑧⑨

 

つまり、風に戦いを挑める逃げ選手が先頭になり、その後ろに風に弱い追込み選手がついて並んで走るのです。このラインはくじ引きなどで決めるのではなく、同じ地域の出身者、あるいは同じ練習グループ、師弟など、選手間の話し合いで決まります。現在ではこれをレース前(前日)に競輪新聞に「コメント」で発表するのが習慣なのです。

追込み選手は風に弱い。だから、風に強い「逃げ」選手の後ろについて走る。こうすることによって、追込選手は風の抵抗を受けることなく、体力を温存したままゴール前に入ることが出来るわけです。
追込み選手はよーいドンで走ったら絶対に逃げの選手には勝てません。だから、逃げの選手の後ろに入れてもらうことで、最後の直線で勝負できるのです。つまりこれを言い換えれば、他の選手との勝負は最後の数十メートルだけで、他の2000mくらいは「風」と闘っている、ということになるのです。

おいおいちょっとまて、それじゃあ逃げの選手は損なんじゃねえか?風よけにされて利用されて、いくら脚力あってもメリットなくねえか?とお思いでしょう。ハイ、そこが「競輪は文科系向き」の所以、「競輪は風と義理人情の格闘技」なのです。


逃げの選手の後ろに入れてもらう追込み選手には、契約としてある義務が科せられます。義務というか、任務でしょうか。それは、「他のラインが追い抜いて来たら(捲り)、そのラインをブロックして妨害しなければならない」というものです。

 

          ←まくり❹⑤⑥ ❼⑧⑨

       ←先行❶②③ 

 

上の例で言うと❶が必死で走る、❹のラインが追い抜きにかかってきたら、②の選手は❹の選手に体当たり(ブロック)をしたりすることで、❶を抜かされないように努める「義務」があるのです。それをやってくれないことには、❶の選手としては走り損、使い捨てのブラック企業状態に陥ります。

これができない選手は、逃げ選手からも、客からも信頼を失い、結果的に地位が下がってしまうのです。つまり、追込選手とは「おれの前で風を切って逃げてくれ、その代わり、お前のことは全力で守る!」という契約を結ぶのです。おまえが風と全力で戦うために、他の選手との戦いはおれが引き受ける、という…。

どうですかこのロマン、このバディ感、『昭和残侠伝』の高倉健池部良、『緋牡丹博徒 花札勝負』の藤純子菅原文太、昭和自民党田中角栄大平正芳、アップル創成期におけるスティーブ・ジョブズスティーブ・ウォズニアック、ミックとキースにキヨシローとチャボ、ルパンと次元に談志と志ん朝といった、文科系の大好物のアレを思い出すではありませんか。(続く)